1. 現状認識:高い潜在力と顕在化する遅れ
強み(潜在力):
ものづくり基盤:高い製造技術と、実世界(実空間)に強みを持つ産業基盤(ロボット、自動車など)がある。
研究開発人材:研究者の数は世界第3位であり、平均年齢が米国より若い(約40歳)。長期の基礎研究と細やかな改良(すり合わせ技術)に強みがある。
未活用のデータ資産:研究ノートや製造現場のクローズドデータなど、汎用AIが学習していない貴重な「サイエンスデータ」を大量に保有している。
弱み(遅れと課題):
企業投資と戦略の遅れ:ChatGPTに代表される生成AIや基盤モデルの開発競争で、米中に大きく後れを取っている。特に「攻めの投資」が不足。
IT/AI人材の不足:AIを開発・活用できる高度人材が不足している。教育と採用が遅れており、OECD調査でも「ITを活用した問題解決能力」は10位と低迷。
業務プロセス革新の遅れ:AI化が「業務の置き換え」に留まり、業務プロセスそのものを変革する「革新」段階に至っていない。
研究力の低下:論文数は停滞・減少し、論文の影響力を示す「相対インパクト」は31位まで低下。大学教員の研究時間も減少している。
2. 核心的な課題
「情報空間」での競争敗退:第四次産業革命は「情報空間」から「実空間」へ進出する。しかし、あらゆる企業がIT企業化する中で、IT化が不得手な日本企業は不利な立場にある。
「頭脳資本主義」への適応不足:現代は労働者数ではなく、「頭脳」のレベルが競争力を決める。世界的な頭脳の奪い合いの中で、日本は優秀な人材を惹きつけ、育成する仕組みが脆弱である。
エネルギー制約:生成AIの進化には膨大なエネルギーが必要。データセンターの電力需要増大に対応する、効率的なエネルギー利用技術(人工光合成、核融合等)の開発が急務。
3. 提言される成長戦略と回復への道筋
独自LLMとデータプラットフォームの構築:日本が強みを持つ「サイエンスデータ」や製造現場データを活用した、偏りのない専門的な大規模言語モデルを構築する。計測機器メーカー等と連携し、研究データを共有するプラットフォームを確立し、新たなビジネス基盤とする。
コンソーシアムによる突破:量子技術など巨額投資が求められる分野では、単独では太刀打ちできないため、企業や研究機関がコンソーシアムを組み、官民一体で技術開発と標準化を目指す。
人材戦略の大転換:
教育の転換:知識の暗記から、問題発見・解決能力、創造性を育成する教育へ。リベラル・アーツとSTEM教育の両輪が重要。
高度人材の獲得:シリコンバレーなど世界のトップ人材を日本に招致したり、交流させたりすることで、キャッチアップと独自性の創出を図る。「真の働き方改革」:無駄な会議や雑務を削減し、人材がクリエイティブな業務に特化できる環境を整える。
俯瞰的・客観的な長期戦略の策定:AI、量子、核融合など複数の技術の進展を俯瞰的に分析し、様々な未来シナリオを想定した上で、柔軟に調整可能な長期戦略を立てる。
総括
日本のAI国力は、高い潜在力(製造力、研究人材、データ)を十分に活かし切れていない状態にあります。ChatGPT登場後のランキング急落は、この「潜在力と現実のギャップ」を象徴しています。
回復のカギは、「ものづくり」の強みを「情報空間」での競争力にどう結びつけるかにあります。そのためには、自らの強みを活かした独自LLMの構築、世界に開かれた人材戦略、そして技術の潮流を読む俯瞰的な視点が不可欠です。これらを実現できたとき、日本はAI時代において「技術の消費者」から「価値の創出者」へと再び躍進できる可能性があります。
参考文献
1、俯瞰的にみたAIの進化と日本の国際競争力 ー日本企業にAIに飲み込間れるのか? 中村達生 Japlo Year Book 2025 https://japio.or.jp/00yearbook/files/2025book/25_3_06.pdf
2、AI時代に日本は逆転できるか?-競争力強化と教育改革 井上智洋 https://www.soumu.go.jp/main_content/000520386.pdf
