外交青書2025年版でワードクラウド

この章のワードクラウドは、「国際秩序」「安全保障」「協調」「グローバル・サウス」などの語が中心に浮かび上がると考えられます。
これは、日本外交が現在の世界の分断と多極化の中で「法の支配」や「協調」を軸にした秩序維持を重視していることを示しています。
また、「AI」「経済安全保障」「サプライチェーン」といった語の頻出は、安全保障が軍事に限らず経済・技術・情報領域にまで拡大している時代認識を反映しています。

ロボットに課税すべきか

AIやロボット技術の発展は、人類の労働構造に大きな変化をもたらしている。工場の自動化だけでなく、物流、会計、接客などホワイトカラー職にも波及しつつある。この変化の中で注目されているのが「ロボット税(Robot Tax)」という新しい課税概念である。ロボット税とは、企業が人間の代わりにロボットを導入し、その結果として人間の雇用が減少した場合、その利益の一部を社会に還元することを目的とする課税制度である。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは2017年に、「ロボットが人間の仕事を奪うなら、ロボットが生み出す利益から税を徴収し、人間の再教育や福祉に使うべきだ」と提案した(Gates, 2017)。この発言が世界的な議論の火種となり、ロボット税は単なる経済政策ではなく、技術革新の恩恵を社会全体でどう分かち合うかという倫理的課題として注目されている。

ロボット税賛成の立場から見れば、この制度は自動化による社会的コストを補填する手段となる。自動化によって失業した人々の再教育や新たな雇用創出には多額の資金が必要であり、ロボット税を財源とすれば持続的な社会保障が可能になる。また、過度な自動化競争を緩和し、企業に段階的な技術導入を促す点でも意義がある。特に中小企業にとって、ロボット税は「人間中心の雇用」を維持する時間的猶予を生むと期待される。

しかし反対派は、ロボット税には重大な問題があると指摘する。まず「ロボット」という概念が曖昧である点だ。AIを使ったソフトウェアも含むのか、物理的な機械のみなのか、その線引きが困難である。次に、課税が企業の技術投資意欲を削ぎ、イノベーションを抑制する危険がある。国際競争が激しい現在、技術革新の遅れは経済全体の生産性を低下させる恐れがある。OECD(2020)も、「ロボット税は一時的な平等を生むが、長期的には成長を阻害し、結果的に税収を減らす可能性がある」と警告している。さらに、既存の法人税制度で企業利益の増加を課税できるため、新しい税制を導入する必要はないとする意見も根強い。

もしロボット税が導入された場合、労働市場、技術開発、税制の公平性という三つの側面に影響を与えるだろう。短期的には自動化が抑制され、雇用が一時的に守られるかもしれないが、長期的には海外企業との競争力が低下し、国内生産が海外へ移転する可能性がある。さらに企業がロボット投資を控えれば、研究開発の停滞やイノベーションの減速を招く。一方で、技術を活用して利益を上げる企業と、そうでない企業の間の税負担格差を是正するという点では一定の正当性もある。

そのため、ロボット税そのものよりも、より柔軟な代替策を検討する方が現実的である。たとえば、企業が自動化で得た利益の一部を従業員の再教育やスキルアップに投資する仕組みを法制化すること。また、「自動化利益税(Automation Dividend Tax)」という考え方も有効だ。これはロボット単体に課税するのではなく、企業全体の自動化による追加利益を課税対象とする方法であり、「ロボットの定義問題」を回避できる。さらに、ベーシックインカムなど労働と所得を切り離した社会保障制度を導入することで、技術革新による格差拡大を抑える方向も検討すべきである。

結局のところ、ロボット税の議論は、AI時代における「公平と成長の両立」をどう実現するかという根本問題に行き着く。理念としては、技術の恩恵を社会全体で共有するという点で重要だが、実務的・国際的観点から見ると導入には多くの課題が残る。より現実的な道は、課税よりも自動化による利益を社会へ再投資する仕組みを制度化することである。テクノロジーが一部企業の利益独占にとどまらず、社会全体の福祉向上へとつながる新しい枠組みの構築が求められている。


図表:ロボット税の賛否比較

観点賛成側の主張反対側の主張
社会保障雇用喪失の補填財源を確保既存税制でも対応可能
技術革新自動化のスピード調整投資意欲の低下を招く
経済競争力公平な再分配を実現国際競争力の低下
実施可能性政治的合意で調整可能「ロボット定義」が不明確

参考文献

  • Gates, B. (2017). The robot that takes your job should pay taxes, says Bill Gates. Quartz.
  • OECD (2020). Taxing Automation: The Future of Work and Tax Policy. OECD Publishing.

中国における「AI国力」

中国における「AI国力」は、すでに国家の総合的な競争力を測る重要な指標となっている。人工知能(AI)は単なる技術革新の問題ではなく、経済構造、産業安全、科学技術の自立、そして国際的影響力を左右する国家戦略の中核に位置づけられている。ドイツのシンクタンク MERICS が2025年7月に発表した報告書「China’s drive toward self-reliance in artificial intelligence」によると、中国政府はAIを「エネルギー・国防と並ぶ戦略的技術」として位置づけ、「独立可控(independent and controllable)」を基本方針に掲げている。この方針のもと、中国はAIチップ、大規模言語モデル(LLM)、計算インフラ、人材育成などあらゆる層で自立を追求し、単なる「応用大国」から「技術大国」への転換を目指している(MERICS, 2025, https://merics.org/en/report/chinas-drive-toward-self-reliance-artificial-intelligence-chips-large-language-models)。

まず、中国のAI国力の強みは三点に整理できる。第一に国家的戦略の明確さである。2017年に発表された《新世代人工知能発展計画》以来、AIは「第14次五カ年計画」や「第15次五カ年計画」の重点分野として位置づけられ、中央および地方政府の財政支援が拡大している。2024年時点で地方レベルのAI関連基金は累計1,000億元を超えた。第二に膨大なデータと市場規模である。10億人を超えるネット利用者を有する中国は、AIアルゴリズムの学習に必要なデータ資源と社会実装のフィールドを豊富に持つ。Eコマース、交通、医療、行政など、AIの応用は生活の隅々まで浸透している。第三に産業基盤とインフラの強さである。中国は製造業、通信網、データセンター建設で世界有数の水準を持ち、AI社会実装のための基礎条件が整いつつある。MERICSの報告も、「データからチップ、アルゴリズムから産業」まで一貫した生態系が形成されつつある点を評価している。

一方で、中国のAI国力には克服すべき課題も少なくない。第一はハードウェア分野での技術的ギャップである。先端GPUやEUV露光装置などでは依然として米欧企業に依存しており、技術輸出規制の影響も大きい。華為(ファーウェイ)や寒武紀などの国産チップ企業が台頭しているものの、世界最先端との差は残る。第二はイノベーションの多様性不足である。国家主導の体制は資源を集中させる利点があるが、自由な市場競争がもたらす創造的破壊の力は弱く、基礎理論や革新的アルゴリズムの創出では依然として課題がある。第三は倫理・国際信頼に関するジレンマである。データ管理と国家安全保障を重視する一方で、プライバシー保護や国際的なルール形成においては、透明性や信頼性の確立が求められている。

総じて言えば、中国のAI国力は「量的拡張」から「質的飛躍」への転換期にある。国家戦略の一貫性、膨大なデータ資源、強固な産業インフラが相まって、中国は2030年までに世界のAI中心国の一角を占める可能性が高い。しかし、真の「AI強国」となるためには、ハードウェアやアルゴリズムの追随だけでは不十分である。制度改革、人材育成、倫理規範、国際協力を包括的に推進し、「技術の自立」と「開放的共創」の両立を実現する必要がある。今後、中国がAIチップの自前化を進め、学際的な人材を育成し、国際ルール形成に積極的に参画できるかどうかが、AI国力の持続的発展を左右するだろう。

結論として、中国のAI国力は国家意志と産業活力の結合体であり、同時に技術自立とグローバル競争の試金石でもある。もし中国が「安全」と「開放」の間で動的なバランスを取りながら、質と価値を伴うAIエコシステムを構築できれば、その台頭は単なる経済現象にとどまらず、21世紀型国家の新たな競争モデルとなるだろう。